2011年09月27日

雁木だより-6 心和ませる曲線の川岸

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写真:土居郁夫

 平和記念公園の北に架かる相生橋の上流、中央公園北側道路の位置までの基町側川岸は、ともすれば直線の護岸を造りがちな現代では、非常にユニークな形態をしている。丸い玉石を貼った曲線の護岸が続き、草地が気持ちよく広がる。この区間のほぼ中央に架かる空鞘橋から上流は特に草地の幅が広く、いろいろなイベントも行われる「水の都ひろしま」の象徴的な川岸だ。
 雁木は3カ所あるが、相生橋上流の2カ所の雁木は、昔からこの辺りに川の水流を弱めるために造られていた水はねの形をしている。護岸全体はゆるくカーブを描いていて、そこから水はね部分が飛び出している。上流部には広い草地にポプラ、ニセアカシアの2本の木が意図的に残され、空間にアクセントを与えている。全体的に設計者の中村良夫さんの想いがこもった、気持ちのいい、心を和ませてくれる水辺だ。
 昔、この川岸には塀で結ばれたお城のやぐらが連なって立っていた。空鞘橋下流に、やぐらの基礎石と思われる石が草地から顔を出している。明治時代には城内に陸軍の施設が建設されたが、原爆を受けたあと、川岸では応急住宅が密集して建つ状態が長く続いた。応急住宅は基町市営アパートの完成にあわせ順次撤去され、1983(昭和58)年、現在のような美しい緑地が完成した。
 応急住宅の頃からこの場所で広島の復興を見守ってきた大きなポプラの木がシンボルだったが、台風で倒れ、今はその2世のポプラが育っている。城下町、軍都、戦災復興、平和都市の建設と広島の時代の変遷をこの基町の川岸は体現してきた。この場所で散歩やジョギング、花見やピクニックなど日常的で平和な光景を目にする時、少しの感慨がある。
倒れたポプラの再生活動を契機として緑地の管理者と協定を結んで除草や清掃、イベントの開催などを行っている「ポップラ・ペアレンツ・クラブ」の幹事団体代表の隆杉純子さんは、活動に込める想いを次のように話す。「黙々と草を刈り、ゴミを拾っていると通行する人が、ご苦労さまです、と声を掛けてくれることもあって励まされます。見慣れた風景であっても、足元には歴史の地層が幾重にも重なっていて、その時代ごとに暮らしが営
まれていました。今後も周辺一帯がにぎわうよう、市民のひとりとして協力し、見守っていきたいと思います」
 澄みきった空の下、ポプラの葉が揺れる9月は基町の川岸が最も輝く季節だ。
文:山崎学=NPO法人雁木組理事(2011年09月22日 毎日新聞「雁木だより」から)

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