2011年08月28日

雁木だより-5 平和と慰霊の軸上に「親水テラス

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写真=氏原睦子

 原爆投下前は中島地区と呼ばれ、江戸時代から続く広島市最大の繁華街であった現在の平和記念公園は、昭和24(1949)年に公布された広島平和記念都市建設法に基づいて整備された。広い公園内には様々な慰霊碑が点在し多くの人が訪れるが、この公園を基点にした広島復興の基軸がある。広島平和記念資料館(原爆資料館)と原爆慰霊碑、平和の灯、原爆ドームを結ぶ直線がそれで、平和記念公園の設計者・丹下健三氏の意図によるものだ。この軸線は、その後の市営基町アパートや県立体育館の施設整備でも意識された。
 この軸上に「親水テラス」と呼ばれる立派な雁木がある。元安橋のたもとにあり、毎年灯籠流しが行われる。今年も「原爆の日」には1万個を超える灯籠が流された。灯籠流しは犠牲となった方の追善と供養のために、亡くなった方の名前と自分の名前を書いた手作りの灯籠を流したのが始まりと言われている。最近では修学旅行生や一般観光客によって時節を問わず行なわれており、灯籠には世界平和への思いや願いが書かれているようだ。
今では灯籠流しは、慰霊と平和の願いの両方の意味を持つようになっている。
 修学旅行生による「平和学習」や「体験学習」をプロデュースし、修学旅行を誘致する活動を続けられているのが、原爆ドーム東にある「相生旅館」の女将で社長の小田富貴子さん(67)。単に観(み)るだけでなく、フィールドワークや詩の朗読会などを準備する。一番大切にしているのは、子供たちが受け身で学ぶのではなく、身体を動かすことで心に残る修学旅行になればということだそうだ。
 そうした思いで提案しているのが灯籠流しで、事前に自分たちで灯籠を作り、宿で組み立てて、親水テラスから流してもらう。雁木組はこの灯籠の回収作業をお手伝いしている。灯籠を流す行為がいつまでも心に残り、子供たちが平和の大切さを理解してくれればと思って続けているそうだ。8月末には、福島県から日延べになっていた学校が訪れる予定だ。
 親水テラスは対岸に原爆ドームを見ることのできる絶好の場所で、灯籠流しだけでなく水辺のコンサートやパフォーマンスなどが頻繁に行われ、夏には夕涼みがてら雁木に腰掛けて語らいの場になるなど、市民に愛されている。平和都市広島を象徴する雁木である。
文:大西慶和=NPO法人雁木組(2011年08月25日毎日新聞「雁木だより」から)

posted by gangidayori at 01:58| Comment(0) | 雁木だより
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